値上げ交渉の前に、自社の原価を「製品別・案件別」で言えますか(価格転嫁シリーズ①)

中小企業の価格転嫁率が低い最大の要因は、製品別・案件別の原価を具体的な金額で示せない状態にあります。「全社でコストが上がった」より「製品Aは1個あたり38円・年間456万円のコスト増」という数字が取引先の判断材料になります(中小企業白書2026年版より)。

「材料費が上がったので、値上げさせてください」。そう切り出しても、それだけでは取引先は判断しにくいものです。

必要なのは、もう一段具体的な数字です。「どの製品・案件で、何の原価が、1個あたり(1案件あたり)何円上がったのか」。ここが言えないと、価格交渉はなかなか前に進みません。


価格転嫁できている会社は、原価の見方が細かい

2026年版の中小企業白書に、注目すべき指摘があります。

製品・商品・サービス別に原価管理をしている企業は、全社単位でしか把握していない企業より、価格転嫁率が高い傾向がある。

とくに「75%以上を転嫁できた」企業の割合に、はっきりとした差が出ています。

一方で、中小企業全体を見ると、上がったコストを十分に価格へ反映できている会社ばかりではありません。コスト全般の価格転嫁率は、2025年9月時点で53.5%。上がったコストの、およそ半分しか価格に反映できていない、という見方もできる数字です。

東京商工リサーチの調査でも、2025年度に取引先と協議して「一部、または十分に転嫁できた」と答えた企業は57.1%。ただし、このうち「十分に転嫁できた」は7.9%にとどまります。多くの会社が、上がったコストの一部を自社で吸収しているのが実情です。

調査ごとに対象や設問は異なるため単純比較はできませんが、いずれの数字からも、コスト上昇分を十分に価格へ反映できていない企業が多いことがうかがえます。

ここで差を生んでいるのは、交渉の上手さだけではありません。交渉の前に、どれだけ具体的な数字を準備できているか。そこが効いています。


「全社でざっくり」と「製品別・案件別で把握」の差

なぜ、原価管理の粒度が価格転嫁に影響するのか。理由は単純です。

全社単位の原価しか分からない会社は、交渉の場でこう言うしかありません。「全体的にコストが上がっています」。

これでは、取引先は判断材料を持てません。「具体的にいくらですか」と聞かれた瞬間に、説明が止まってしまいます。

一方、製品別・案件別に原価を把握している会社は違います。「この製品の材料費は、昨年比で1個あたり38円上がっています」。

ここまで言えれば、相手も検討できます。

たとえば、その製品を月に1万個納品しているなら、1個あたり38円の上昇は、月38万円、年間にして456万円のコスト増です。

この数字があると、「材料費が上がったので値上げしたい」ではなく、「製品Aは、材料費だけで年間456万円のコスト増になっています」と説明できます。

「いくら上がったか」の次は、「いくらにすべきか」

もう一段、踏み込んでみます。

製品Aの販売単価が1,000円、原価が700円だったとします。粗利は300円、粗利率は30%です。材料費の上昇で原価が738円になると、粗利は262円、粗利率は26.2%まで下がります。

ここで考えるべきは、どこまで取り戻すか、です。

  • 原価上昇分だけを回収するなら、必要な値上げは38円(販売単価1,038円)
  • もとの粗利率30%を維持するなら、販売単価は約1,054円

「原価上昇分だけ回収する」「もとの粗利率まで戻す」「一部は自社で吸収する」——どれを選ぶかで、お願いする金額は変わります。交渉に臨む前に、ここを決めておく必要があります。

交渉とは、根拠のある数字をもとに、双方が検討できる状態をつくる場です。


取適法で、価格交渉を申し入れやすくなった

2026年1月、旧・下請法が「取適法(中小受託取引適正化法)」に変わりました。

この改正で重要なのは、対象となる取引では、受注側が価格引き上げの協議を申し入れたにもかかわらず、発注側が協議に応じず一方的に取引代金を決めるような対応が、問題となり得る点です。

つまり、価格交渉を申し入れやすい環境は、以前より整いつつあります。

ただし、ここで大切なのは次のことです。法律が用意するのは、あくまで交渉の入口です。そのテーブルで何を話すかは、自社の準備にかかっています。

東京商工リサーチの調査では、取適法をきっかけに価格交渉に臨むと答えた企業は3割に届いていません(26.6%)。

「法律ができたから交渉できる」のではなく、「数字を持っているから交渉になる」。この順番が大切です。


明日からできること

製品別・案件別の原価管理と聞くと、大がかりなシステムが要るように思えるかもしれません。でも、最初の一歩はシンプルです。

まず、売上上位5製品、または次に価格交渉したい5つの製品・案件を選びます。そして、原価を主な費目に分けてみます。

  • 材料費
  • 外注費
  • 労務費
  • 電力・燃料費
  • 物流費・梱包費

業種によっては、保管費なども加えます。

完璧な原価計算でなくて構いません。大切なのは、「1年前」と「今」を並べること。どの項目が、いくら上がったのか。1個あたり・1案件あたり・1か月あたりで見ると、どれくらいの負担増なのか。

この差額が、価格交渉で提示すべき数字になります。

社内に製品別の原価データがなければ、まずは試算表に加えて、売上明細・仕入明細・工数・外注費などを集め、主要な費目を製品・案件ごとに仮に振り分けてみます。最初から完璧でなくても大丈夫です。前提を置いた概算でも、根拠がゼロの状態とはまったく違います。

難しいのは、Excelに数字を並べることではありません。どの費用を、どの製品・案件に、どう振り分けるか。そして、その数字を価格交渉の材料としてどこまで使うか。判断するところにこそ、専門家の目が効きます。


「うちは転嫁できている」と思う前に

価格転嫁率53.5%という数字は、上がったコストのすべてを転嫁できているわけではない、ということを示しています。一方で、製品別・案件別に原価を把握し、根拠を持って交渉している会社ほど、高い転嫁率を実現している傾向があります。

違いを生んでいるのは、交渉力だけではありません。準備する数字の細かさです。

次の価格交渉の前に、一度確認してみてください。

  • 自社の原価を、製品別・案件別に言えるか
  • 1年前と比べて、何が、いくら上がったのか
  • 値上げをお願いしたい金額の根拠を説明できるか
  • その数字を、取引先に説明できる形に整理できているか

ここが整理できているだけで、価格交渉の進め方は大きく変わります。


値上げ交渉の前に、数字を棚卸ししませんか

RMCビジネスラボの経営健康診断では、決算書・試算表に加え、売上明細・仕入明細・工数・外注費などを確認しながら、価格転嫁に向けた「数字の棚卸し」として、売上上位の製品・案件について次のような内容を整理します。

  • 製品別・案件別の簡易採算
  • 1年前と現在の原価比較
  • 原価上昇額と、利益への影響
  • 価格改定をお願いする場合の根拠
  • 値上げが難しい場合に見直すべき費用
  • 今後、毎月追うべき粗利率・原価率

そのうえで、社内で判断するための資料と、取引先に説明するための要点を分けて整理します。原価明細をすべて開示するのではなく、原価上昇額・影響額・価格改定をお願いする根拠を、説明しやすい形にまとめます。「数字を持つこと」と「すべてを見せること」は、別だからです。

価格交渉は、気合いでするものではありません。数字を準備して、根拠を持って臨むものです。

「値上げ交渉の根拠をつくりたい」「製品別・案件別の採算を整理したい」「売上はあるのに利益が残らない理由を知りたい」

そう感じている方は、まず数字の棚卸しから始めてみませんか。

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※出典:中小企業庁「2026年版中小企業白書」(2026年4月24日公表/製品・サービス別の原価管理と価格転嫁率の関係)、中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査結果」(2025年11月28日公表・12月2日一部訂正/コスト全般の価格転嫁率53.5%)、東京商工リサーチ「2025年度に『価格転嫁』できた中小企業は57.1%」(TSRデータインサイト/『一部または十分に転嫁できた』57.1%・うち『十分』7.9%、取適法をきっかけに価格交渉に臨む企業26.6%)、公正取引委員会・中小企業庁「中小受託取引適正化法(取適法/2026年1月1日施行)」。
※本記事は原価管理・価格交渉に関する一般的な解説です。取適法の適用可否や個別の法的判断については、必要に応じて専門家にご確認ください。

よくある質問

Q. 製品別・案件別の原価管理は、大がかりなシステムが必要ですか?

A. 最初から完璧なシステムは必要ありません。まず売上上位5製品・案件を選び、主な費目(材料費・外注費・労務費など)を1年前と今で比較するところから始められます。試算表と売上・仕入明細を手元に用意できれば、Excelでも十分な出発点になります。

Q. 取適法(中小受託取引適正化法)の対象かどうか、どうすれば分かりますか?

A. 取適法は旧・下請法を改正したもので、一定の取引関係(製造委託・役務提供委託など)が対象です。対象取引かどうかは取引の内容・規模によって異なりますので、公正取引委員会・中小企業庁の資料や、必要に応じて専門家に確認することをおすすめします。

Q. 値上げをお願いしても断られた場合、どうすればよいですか?

A. まず「なぜ断られたか」の理由を確認することが大切です。数字の根拠が不十分だったなら補足資料を用意する、全額でなく段階的な値上げを提案するなどの選択肢があります。また、取引先ごとの採算を見直し、継続する取引・縮小する取引を判断することも経営判断の一つです。