中小企業の賃上げ促進税制|赤字や控除上限で使いきれない控除額は5年間繰り越せます

賃上げを決めるとき、社長がまず気にするのは人件費の増え方です。一方で、賃上げによる法人税の軽減効果まで計算に入れている会社は、意外と多くありません。

中小企業向けの賃上げ促進税制では、赤字や控除上限のために使いきれなかった控除額を、最長5年間繰り越せます。令和6年度(2024年度)の改正で入った、中小企業だけの仕組みです。ただし繰越しは自動ではありません。毎年度の申告手続きが要ります。

賃上げ促進税制とは何か

従業員の給与を前年度より増やした会社が、その増えた分の一定割合を法人税から差し引ける制度です。ここでは、中小企業者等を対象とする「中小企業向け賃上げ促進税制」を取り上げます。

青色申告書を提出する中小企業者等の場合、基本となる賃上げ要件は次のとおりです。

雇用者給与等支給額が、前年度より1.5%以上増えていること。

この要件を満たすと、増加額の15%を法人税から控除できます。賃上げ率が2.5%以上なら控除率は30%に上がります。上乗せ要件を満たした場合の最大控除率は、事業年度の開始日で異なります。

事業年度の開始日 最大控除率
2024年4月1日〜2026年3月31日 最大45%
2026年4月1日〜2027年3月31日 最大35%

なお、税額控除は現金が振り込まれる制度ではありません。納める法人税から差し引く形で、負担を軽くする制度です。

黒字でも「使いきれない」ことがある

ここで多くの社長が見落とすのは、控除には上限があるという点です。賃上げ促進税制で控除できるのは、その年度の法人税額の20%までと決められています。

単純化した例
給与総額が1,000万円増え、控除率30%なら、計算上の控除額は300万円です。その年度の法人税額が500万円なら、控除できるのは20%にあたる100万円まで。残りの200万円は、その年度には使えません。
※実際の計算は、対象となる給与の範囲や助成金の扱いで変わります。

つまり黒字でも、賃上げが大きければ控除を使いきれないことがあります。これまでは、使いきれなかった分はその年度で消えていました。

令和6年度の改正で、ここが変わりました。

使いきれなかった控除額を、翌年度以降5年間にわたって繰り越せます。

黒字でも上限で余った分を、翌年度以降に回せます。赤字で控除できる法人税がなかった年度の分も、要件と申告手続きを満たせば、黒字に戻った年度まで持ち越せます。賃上げした年度に使えなかった控除額が、将来使える可能性のある金額として残るイメージです。これは大企業にはない、中小企業だけの特例です。

繰り越すときの注意点は2つ

1. 繰越分を使う年度も、給与が前年度より増えていること

繰越控除を使う事業年度では、雇用者給与等支給額が前年度を上回っている必要があります。給与総額が前年度と同額か、下回った年度は、繰越分を使えません。

ここで必要なのは「前年度を上回ること」です。新たに控除を発生させるための「1.5%以上」とは、要件が異なります。賃上げの流れを止めない会社が報われる設計です。

2. 使わない年度も含めて、毎年度の申告で明細書を添付すること

繰越額は、社内で記録しておくだけでは維持できません。繰越額が生じた事業年度以後は、繰越控除を使わない年度を含め、毎年度の確定申告書に繰越額の明細書を添付する必要があります。「以後」なので、繰越額が生じたその年度の申告も含みます。実際に繰越控除を受ける年度には、控除額の計算に関する明細書もあわせて添付します。

必要な明細書を添付しなかった場合、その未控除額は繰り越されず、繰越控除を受けられなくなります。原則として、修正申告や更正の請求によって後から適用することもできません。毎年度の申告で、意図して拾い続ける手続きが要ります。

控除率の適用区分や明細書の作成など、具体的な税額計算と申告手続きについては、顧問税理士など専門家にご確認ください。

令和8年度改正で何が変わったか

令和8年度(2026年度)の税制改正で、上乗せ措置の一部が見直されました。教育訓練費の上乗せ措置(10%加算)は、2026年4月1日以後に開始する事業年度から廃止されました。これにより、中小企業の最大控除率は45%から35%に下がっています。

ただし、中小企業の5年間の繰越控除そのものは廃止されていません。大企業向け措置は、2026年3月31日までに開始する事業年度をもって廃止されました。一方、中小企業向けは基本的な枠組みが維持されています。新たに控除の対象となるのは「2027年3月31日までに開始する事業年度」までです。期限は申告日や決算日ではなく、事業年度の開始日で判定します。期限内の事業年度に生じた繰越額は、要件と申告手続きを満たせば、その後も最長5年間繰り越せます。

制度の細部は今後の改正で動きます。「いつか考えよう」と先送りせず、賃上げを決める前にいまの要件を確認しておくのが安全です。

賃上げ促進税制の繰越控除に関するよくある質問

赤字の年度でも、賃上げ促進税制の控除額を繰り越せますか

はい。中小企業者等が賃上げ要件を満たしていれば、赤字で法人税が発生しない年度でも、使えなかった控除額を最長5年間繰り越せます。ただし、繰越額が生じた事業年度以後、繰越控除を使わない年度を含めて、毎年度の確定申告書に必要な明細書を添付する必要があります。

繰越分を使う年度も、1.5%以上の賃上げが必要ですか

いいえ。繰越分を使う年度に必要なのは、原則として雇用者給与等支給額が前年度を上回っていることです。新たな税額控除を発生させるための「1.5%以上の増加」とは要件が異なります。

明細書の添付を忘れた場合、後から繰越控除を申請できますか

必要な明細書を添付していなかった場合、原則として、修正申告や更正の請求によって後から繰越控除を適用することはできません。繰越控除を使わない年度も含め、毎年度の確定申告で手続きを継続することが重要です。

2026年度改正後の最大控除率はいくらですか

2026年4月1日から2027年3月31日までに開始する事業年度について、中小企業向け賃上げ促進税制の最大控除率は35%です。教育訓練費に関する10%の上乗せ措置が廃止されたため、従来の最大45%から35%に下がりました。

税額控除分は現金で振り込まれますか

いいえ。賃上げ促進税制は、現金が給付される制度ではありません。要件を満たした場合に、その年度または繰越先の年度の法人税額から控除することで、法人税負担を軽減する制度です。

まとめ

賃上げ促進税制は、賃上げした年度だけで完結する制度ではなくなりました。黒字でも上限で余った控除、赤字で使えなかった控除を、5年間持ち越せます。

ただし、繰越控除を利用するには、次の2点に注意が必要です。

  • 繰越分を使う年度も、給与総額が前年度を上回っていること
  • 繰越額が生じた年度以後、毎年度の申告書に必要な明細書を添付し続けること

「うちは赤字だから関係ない」「今年は使いきれないから意味がない」と判断して、申告で何もしないのが一番もったいない使い方です。


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この記事を書いた人
日置 尚義(ひおき なおよし)|中小企業診断士・認定経営革新等支援機関。製造業・飲食業・小売業・BtoBサービス業を中心に、決算書の読み解きと月次の経営整理を支援しています。


出典・参考資料

2026年4月1日以後に開始する事業年度(令和8年度改正後)

2026年3月31日までに開始した事業年度(過去の適用区分の確認用)

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